古文書学習講座では、10月19日に行われた学園祭で展示発表の他に、まちづくり活動室において成果発表を行いました。以下にその内容をご報告します。
古文書で学ぶ庶民の旅
第3班 : 酒井賢 高塚美也子 瀧澤吉夫 仲川幸成
古文書学習講座で学習した、北入曽の仲川家所蔵の「往来一札之事」と水野の志村家所蔵の「伊勢西国道中記」より、江戸時代の庶民の旅についてお伝えいたします。
1、「往来一札之事」について
「往来一札之事」は全国の関所と番所を自由に行き来できる証明書で、関所手形ともいいます。庶民には檀那寺が、武士には藩庁が発行し、身分証明書を兼ねていました。檀家寺への布施は約100文掛かりました。出女を警戒して女性は幕府御留守居が発行する女手形が必要な上、関所で身体改めがありました。女手形の取得や身体改めを嫌った女性や抜け参りの者は手形を持たず関所を迂回して旅をしました。当時、関所破りが発覚すれば、磔の刑(死罪)でした。
2、「往来一札之事」
一、この者は新義真言宗の檀家です。この度、諸国修行に出掛けるので、御関所の通過を許可してください。
一、もし行き暮れた時は一宿御貸し下さい。何処かで病死した場合は、その場所の御役人の御慈悲で埋葬してください。北入曽村に通達する必要はありません。よって証文は前記の通りです。
江戸時代、キリスト教が禁じられていましたので、身分証明にはキリシタンでないことが書かれています。旅行中に病気になったり、死亡したりした場合、その地で葬り連絡不要と書かれています。しかし、実際は「村送り」の制度があり、身寄りがなくても宿と村持ちで病人や遺品を出身地まで送り届けていましす。右は、今から253 年前の明和3年(1766)に書かれた関所手形です。
3、伊勢西国道中記の行程
入間郡水野村(現狭山市水野)の志村源右衛門が記した道中記から出発地の水野村から岡崎宿までを地図化しました。30人の伊勢講で神宮を参拝します。その後16人は西国、中山道を経て帰宅。1日約10里の移動です。
4、伊勢西国道中記の様子
一日目、忘れ物があっても戻れる箱根ヶ崎宿で早めに到着しています。ここで100文とやや豪華な昼食を摂り、一泊2食で224文の田中屋に宿泊しています。各地で名所旧跡を巡り、名物を食べ、旅を満喫しています。渡しでは、橋代や渡舟代、渡河賃が掛かりました。出で立ちは、菅笠や裾をからげ、手甲や脚絆、股引を着け、草鞋を履きます。消耗品の購入や両替、荷送りは、旅籠や茶店などで行いました。
5、伊勢西国道中記(巻頭)現代訳
一、八王子へ 2里 224文 亀屋新右衛門 泊り
6人で200文茶代 この間杉山峠 武州と相州境
一、橋本へ 2里 100文昼食 柏屋惣吉 この間川あり舟渡し代24文
現代に生きる崩し字
第4班 : 日原志眞子 六車徳誠 湯野俊夫 安井正明
1.実用書体であった崩し字
江戸時代、鎌倉時代末期から使われた「御家流」が公式な書体でした。そして、手習い塾(寺子屋)では、武士・僧侶・神官・医者などの有識者が、子ども達に御家流の文字を教えていました。
〈漢 字〉
- 正字:点画を略したり変えたりしないで正規の字体で書かれた漢字。「龜」(亀)など。
- 俗字:世間で用いられた、正確ではない漢字。「恥」→「耻」など。
- 国字:日本で作られた漢字。和製漢字とも言います。「畑」、「辻」、「峠」など。
- 当て字:音や訓を借りて当てはめた漢字。「野暮」、「芽出度(めでたし)」、「冗句」など。
- 略字:本来の字体から点や画を省略した漢字。「學」→「学」、「應」→「応」など。
- 異体字:読み方も意味も同じで、形だけが違う漢字。「峰」→「峯」、「島」→「嶋」「嶌」など。
〈平仮名〉
- 音を表した「表音文字」で、現代は五十音表記を使っています。
- 変体仮名:明治33年(1900年)、小学校令施行規則で漢字や平仮名、片仮名の字体が定められました。定められた平仮名と異なる文字が変体仮名です。現在も、変体仮名は看板や書道、地名、人名に使われています。
- 万葉仮名:漢字の意味と関係なく、音と訓を使って書き表す仮名。
そして戦後、常用漢字1945字と現代仮名遣い(五十音表記)が、書籍などで使用されています。
2.現代に生きる崩し字
私たちは、各種文字が縦横に使用されている文章を学びました。初心者には相当難解でしたが、慣れるに従い少しずつ理解が進みました。そして、気がついたことは、街の商店の看板や暖簾が見慣れない文字で書かれていることです。川越市内に出掛け、写真に撮って来ました。多種多様な文字で書かれ、興味が尽きませんでした。
それでは、興味ある文字を取り上げ、簡単に説明します。
① くらづくり本舗 : 「くらづくり」は平仮名で、「くり」は複数の文字を合成して一文字にした「合字」です。「本」は草書体(崩し字)で、「舖」は「舗」の異体字(同じ構成を持つが、配置が異なる)です。ちなみに、「本舗」は、「ある特定の商品を製造・販売する店」のことです。
② だんご 田中屋 : 「ん」は現在も使われますが、「た」は「多」の、「こ」は「古」の変体仮名です。田中屋は今から158年前の文久元年(1861年)に創業しました。
③ 割烹 さ〃川 : 「さ」は「左」を崩した変体仮名で、「〃」は「二」の字を崩した踊り字です。かつて平仮名では「ゝ」が、片仮名では「ヽ」が使われていましたが、現在、「々」しか使われません。
④ 串焼 横浜天下鳥 : 焼き鳥屋「横浜天下鳥」の暖簾です。「焼」は大幅に崩され、読みにくいです。
⑤ 春夏秋冬 うんとん処 : 暖簾に見慣れない字が書かれていました。「秋」は、編と旁を入れかえた異体字です。江戸時代、「うどん」は、「うんとん」と言われました。
⑥ 武蔵鶴 小江戸蔵里 : 「鶴」は楷書で書かれ、「武」と「蔵」は崩した草書体です。川越市産業観光館「小江戸 蔵里」で撮影しました。「武蔵鶴」は、埼玉県小川町の武蔵鶴酒造株式会社で醸造されています。
3.おわりに
初めて古文書を学んだ私たちにとって、1行を読み取ることだけでも大変なことでした。しかし、崩し方を習得し、少しずつ読み解けるようになりました。、机上での学習だけでなく、看板や暖簾を観察しながら川越の街を散歩し、さらに知識を増すことができました。これからも古文書学習に精進したいと思います。