・日程:12月20日(月)
・会場:オンライン
・講師:横山千枝子様、小磯一斉様、寺本隆夫様
・受講生:出席11名(欠席0名)
第6回の授業は、「『地蔵の年越し』の学習1」でした。
① 歴史的背景の学習
② 小磯先生の語りを聴く
③ 練習
民話『地蔵の年越し』は2011年狭山市文化団体連合会主催「第十回狭山市民芸術祭」で上演された『さやま民話風土記』2部11景(さねとうあきら作・構成)の第6景です。
1) 歴史的背景を学ぶ
寺本隆夫様(狭山歴史ガイドの会)には、『地蔵の年越し』に登場する項目を順に解説して頂きました。
・不老川:狭山市内では入曽地区から奥富地区に流れており、「ふろうかわ」や「としとらずかわ」と呼ばれている。歴史的には古多摩川の名残の川で、当時は水量が多かったが、いつしか
枯れるようになり、「大晦日の晩に橋の下で一晩を明かせば年を取らない」と伝えられるようになった。
・錫杖:比丘十八物(びくじゅうはちもつ)に数えられ、修行僧必帯の杖。 ・酒屋:明治末期頃まで南入曽や北入曽には酒屋はなく、下新田に1軒のみであった。
当時は、一升徳利をもって酒を買っていた。
・井戸山の小豆婆:宮街道(野々宮神社前、サイカチ道)と寺街道(常泉寺の裏道、権現道)が合流する当たりを井戸山と呼んでいた。杉やケヤキが生い茂り昼なお暗く、夜になると小豆を洗う音が響き、薄気味悪く近寄るものがいなかった。
井戸山には疫病で亡くなった方の火葬場があり、子供たちが近付かないように小豆婆の話を作ったと推測される。
井戸山は「冥途山(めいどやま)」が「井戸山(いどやま)」になったのではとの意見もある。
・水野の化け地蔵:水野村の開発から20年後の1686年に村の無事安寧と永続を願って、下新田に通じる新河岸街道沿いに地蔵を祀った。夜泣き封じから「夜泣き地蔵」とも呼ばれた。
・黒こげ地蔵:入間川村と慈眼寺の檀家が「現当二世安楽の願い」を込めて建立したが、入間川から江戸や藤沢方面を示す道標にもなっていた。「いぼ地蔵」とも呼ばれている。
・加佐志の「耳垂れ地蔵」:酒を入れた「タカズッポ」(竹筒)を供え、以前の竹筒を持ち帰って酒を耳につけると耳だれが治ったと伝わる。
・成円寺の鐘:現在の中央図書館の西側の一角にあったが、廃寺になり存在はしていない。境内には鐘楼があり、美しい鐘の音は三里四方にまで響いた。鐘は豪商綿貫家所有の金が使われた
とも伝えられている。
2) 小磯先生の語りを聴く
顔の表情、手の動作、登場人物による声質の違い・・・・ポイント多々ありましたが、文字で記録することは困難でした。
学習効果を上げるには、小磯先生の動画を参考にすることが一番ですね。
基礎を学んだうえで、語り部の個性はトッピングです。
3) 練習する
残りの時間を使って、グループに関係なく順に読みました。
小磯先生の後だけに、皆さん頑張りましたが、情景の展開を理解し表現するためには、読み込みが必要なようです。
先生からは、読みづらい箇所があれば、活舌の練習をとの指導を受けました。。
(受講生の感想)
・寺本さんの『地蔵の年越し』の歴史的背景のお話は、私にとっては大変よかったです。本題に入る前の導入として参考になりました。
・狭山歴史ガイドの寺本さんに『地蔵の年越し』に出てくる不老川や地蔵様について丁寧に説明していただき、大変勉強になりました。地蔵様を訪ねてみたいと思いました。
・小磯先生の語りは、ミノや小平治 焚き火を囲む男たち(地蔵)の舞台上の様子が目に浮かび、感動致しました。
・小磯先生による『地蔵の年越し』の語りが素晴らしかったです。
おミノ、小平次、4人の地蔵様のせりふを全部語り分けていて流石だなと感心しました。