学びで広がる世界
✥ 未知にチャレンジ、出会いが生むネットワーク ✥
講師:シニア社会学会ライフプロデュース研究会
小平陽一氏
★ 日時:平成31年3月8日(金)午後7時~9時
★ 場所:狭山市民交流センター 3階中央公民館第1ホール
お茶の水博士にあこがれて…
会場を埋め尽くす入場者。そして鉄腕アトムの「お茶の水博士」にあこがれて科学者を目指したという小平陽一先生の登壇。開口一番、「こんなに大勢の参加者にちょっとびっくりです。プレッシャーを感じています」しかし講演が始まると、常識にとらわれず、未知の分野に次々とチャレンジしていく充実の人生が徐々に見えてきました。
先生は化学製造会社、大学付属化学研究所に勤めた後、高校化学の教師として18年間を過ごします。そんな中で公害、農薬、原発などのように、諸刃の剣の側面を持つ現代科学の危うさを感じるようになり、生活科学を授業に取り入れるようになりました。「豆腐作り」「藍染め」「石鹸作り」などをしていたある日の生徒のつぶやき、「これって家庭科みたい」の言葉に家庭科への興味を掻き立てられたそうです。
元祖イクメンから家庭科教師へ
共稼ぎで家事・育児をやらざるを得なかった環境から、生活技術の必要性を痛感し、生活自立の大切さを学びました。先生はご自身のことを「元祖イクメン」と言います。当時は子連れでスーパーで買い物をする男性などおらず、レジの生徒に見られて、「奥さんに逃げられたのではないか」と疑われたこともあったと笑いながらおっしゃっいました。
おりしも男女平等の潮流が押し寄せ、男女雇用機会均等法、男女共同参画基本法等が整備されていきます。家庭科が男女共修になったのを機会に、県の家庭科教員養成事業に応募し、家庭科教育を学びました。そして、翌年から家庭科教師として教壇に立ちます。家庭科は、「主婦教育、料理裁縫の実学」から「個の自立を学ぶ教科」へ、「男は外、女は内という性別役割分業」から「男も女も家事・育児=性別役割分業からの解放」へと大きく内容を変換していきます。そんな中で、先生の意識も「やってやっている(女がやって当たり前の)家事」から「生活する人としての家事」へと大きく舵を切ったそうです。
まずは扉をたたくことから
小平先生は続けます。今や人生100年時代、シニアも元気に活動する人が増えています。夫が先に逝き、妻が元気に余生を送るという今までの常識は通用しません。男女ともにシングルでの生活を覚悟する時代です。年金や保険なども当てにできません。今迄のような画一的な生き方はできず、人生設計の見直しを迫られることになってきました。変化に対応できる柔軟な思考と生活技術の学びが必要です。
退職後も自然や社会との関りを切らさず、しなやかに、ゆるやかに、ゆったりとした時間を過ごしたいとおっしゃる小平先生。退職後の先生の活躍振りに、そのヒントが隠されているようです。以下にその一部をご紹介します。
◆ 立教セカンドステージ大学 参加 … 自分史講座で書くことに目覚め、修了報告書(研究)が後の「僕が家庭科教師になったわ け」出版につながっていく
◆ 立教大学大学院 21世紀社会デザイン研究科前期博士課程修了
◆ ジェンダー&ファミリー研究会(立教大学社会福祉研究所)所属
◆ シニア社会学会ライフプロデュース研究会所属
◆ YS12の会(立教大学ゼミ仲間の会)
◆ 蚊とんぼ(小平先生の高校教員時代のニックネーム)ファーム代表 … 飯能の300坪の畑を借りて野菜を作り、都内2カ所のこども食堂へ野菜を送る活動
◆ 唐桟双子織の会(入間市野田地区で織られていた川越唐桟を復活、製作、研究)
◆ ぶどうの会(心身障害者の自立支援をささえるNPO法人)顧問
◆ 「飯能近田舎通信(=半農近い仲通信)」編集・発行
以上、現在も実に多彩な分野で活躍されています。「学ぶことで世界は広がる、まずは扉をたたくことから始まる」と小平先生はおっしゃいます。そこから人と出会い、ネットワークが広がっていく、とにかくやって楽しいことを続けて欲しいと……。
講座の最後の質問タイムに、「私は市民大学で学んでも、地域社会に還元することができないでいます。どうしたら良いでしょう。」との質問が出ました。小平氏は「還元しなくてはならないということは無いと思います。まずは自分で楽しむことが大事です。」とお答えになりました。私達も、「常に興味を持つことに積極的にチャレンジし、毎日を楽しみながら、活き活きと生活していきたい」と勇気を貰えた講演でした。
さやま市民大学広報委員 高橋徳子 記