第16回 2月8日(月)
「高麗郡建郡1300年と狭山」
講 師: 一般社団法人 高麗1300 理事長 大野松茂 様
会 場: 元気プラザ 大会議室
受講生: 出席30名、欠席1名
1. なぜ今、高麗郡か
① 高句麗という国
② 高麗王若光
③ 高麗郡はどこに
④ 高麗郡の遺跡は 郡役所はどこに
⑤ 高麗郡の新時代
⑥ 1300年記念事業 渡来から未来へ
2. 狭山・60年(緑と健康で豊かな文化都市)
狭山市長や埼玉県議会議員、衆議院議員および内閣官房副長官などの要職を歴任された大野松茂様から、建郡1300年を迎えた高麗郡と狭山市について、想いを語って頂きました。
「続日本紀」によれば、高麗郡は、霊亀2年(西暦716年)大和朝廷の命により、関東7県(駿河、甲斐、相模、上総、下総、常陸、下野)に分散していた高麗人(朝鮮半島の高句麗から渡来し人達)1,799人を集めて定住させたことが始まりであったとのことです。高麗王若光(こまのこきしじゃっこう)が高麗郡長として、地域を切り開きました。卒後には、御霊は高麗神社に祀られています。高麗郡は明治29年(1896年)に入間郡に編入されましたが、地域一帯には遺跡や旧跡が多数残されており、精神性や文化的な影響は広く行き渡っていたことが推測されています。
建郡1300年を迎えた好機に、地域に眠る歴史的価値を掘り起こし、まちづくりに生かし、さらなる日韓交流の石杖として、との想いで記念事業を推進しているとのことです。本年4月以降、各種の行事が予定されています。ご興味のある方々は、是非ご参加ください。
狭山市の話題に関しては、“緑と健康で豊かな文化都市”を目指して、「狭山の顔づくり」、「みち・みず・みどりのネットラークづくり」、「生涯福祉・生涯健康・生涯学習すすめるまちづくり」事業を推進する中で、水道事業と乱開発の問題、人口増と再開発・ゴミ処分場問題などの難しい課題があったとお話頂きました。なお、講座内容は後日冊子としてまとめる予定です。